「始める前にルールの確認をしておくぜ。ルールは公式ルールに準拠したものでいいよな?」
「ああ、構わない」
「うん。僕も構わないよ」
潤のいう公式ルールとは、バーコードバトルの公式大会で使われるルールのことだ。簡単に説明すれば、使えるアイテムは1つのみで、合体は禁止。薬草等における回復の禁止。魔法は1回のみ使用可能で、回復魔法は禁止というものだ。
ルールでいろいろ縛るより制限なしでやったほうが戦略性も増すだろうしバトルも熱くなるだろうが、敢えて縛ったほうが面白みが増すこともあり、回復できない公式ルールのほうが短期決戦で勝負が着く。
「よし! まずはオレだな。オレのバーコードの名は『シャイニングゴッド』! 熱く燃えたぎる戦士だ!」
一番最初にバーコードを入力したのは潤だった。潤の入力したバーコードは、「HP34400、ST11900、DF1900」と、HPとDFを犠牲にしてまでSTに拘った、攻撃力に特化したバーコードだった。
「じゃあ次は僕がいくよ。僕のバーコードは『メイジマルチ』。名前から分かるように、魔法使いだよ」
続けて入力した達矢のバーコードは、「HP49200、ST6700、DF9900」と、潤とは対照的にSTを犠牲にしてHPとDFの数値に拘ったバーコードだった。
「次は俺だ。俺のバーコードは『アナル=ジャスティス』! 性の力を秘めた偉大なる聖戦士だ!」
俺のバーコードは、「HP44200、ST11700、DF9900」と、恐らくもっとも理想とされるバランスの取れたステータスを持つバーコードだ。キャラの名前は当初「ダンバイン」とでもしようと思っていたけど、それだとあまり芸がないので、少し変わった名前を考えてみた。
「祐一、その名前すごくセクハラな気がするけど……」
「何だと! 名雪、お前は偉大なる上雀蓮三平先生の漫画をバカにするのかっ!?」
上雀蓮三平先生とは、バトラーにとってはバイブルとも言える漫画、『バーコードファイター』の作者である小野敏洋大先生の別名だ。基本的に小野先生は作品のジャンル別に名前を使い分けていて、基本的には、「コロコロ」などの一般紙に連載するときは「小野」名義で、エロ漫画を描くときは「上雀蓮」名義だったりする。
「ったく、中学生がいる前でそんなエロエロな名前のカードなんか作るなよな」
「カード名だけでエロエロだと分かるお前も、十分エロエロ人間だけどな」
「祐一、ともちゃんをアダルトな世界に引き込まないのっ!」
朋也が俺のカードにケチをつけてきたからちょっとからかっただけなんだけど、名雪が横から釘を刺してきた。まったく、お前は朋也の保護者か。
「最後は俺だな。俺のバーコードは僧侶の『ネーム=スノー』だ! このバーコードで祐一、お前の心を凍りつかせてやるぜ!」
朋也のバーコードは、「HP43800、ST10300、DF5400」の僧侶だ。能力は可もなく不可もなくという感じだが、何より気になるのは……
「ぷっ! ネーム=スノーってそれ、まんまなゆ……」
「わ〜〜わ〜〜! 言うな〜〜」
まんま名雪の英訳だろうとツッコもうとしたら、朋也が顔を赤くしながら騒ぎだした。名雪が「ただのお姉ちゃん」の存在なら、わざわざカードの名前なんかにしたりしないだろう。まったく、達矢とは違う方向に分かりやすい奴め。俺のことをお前呼ばわりどころか呼び捨てにしたのは気に障ったけど、今の狼狽ぶりを見てだいぶ心が和らいだ。
ともかく、これで4人全員がバーコードを入力し終えた。ここに、今月号の『アニメージュ』を賭けた熱きバトルが始まる!
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第壱拾話「冬休みの終わりに」
「先攻は俺だな! 食らえ、祐一!」
先攻は朋也だった。朋也は宣言通りに、まず俺に攻撃を仕掛けたのだった。朋也の攻撃により、俺のHPは3万台まで減った。
「やったな、この!」
2番手は俺だった。俺は仕返しとばかりに朋也を攻撃した。俺の攻撃により朋也のHPは2万台まで減った。
「クッソ〜〜、やったな祐一〜〜!」
「先に仕掛けたのはお前だろうが。やられたらやり返して何が悪い」
「次は僕だね。朋也君には悪いけど……」
3番手は達矢だった。達矢は悪いとはいいつつ、一番HPの低い朋也を攻撃したのだった。
「あっ、たつ兄までヒドイよ!」
「勝負の世界に情けは無用! これで終わりだ! ヒート・エンド!!」
4番手の潤はHPが残り5千を切った朋也にトドメを刺しにきたのだった。これにより、朋也はあっけなく退場を余儀なくされたのだった。
「なんだよ、なんだよ……みんなして、俺ばっかり狙って。ヒドイじゃないか!」
負けた途端、朋也は不満が溢れた顔で負け惜しみを言い始めた。
「そう言われてもな。弱い奴を始めに叩くのは勝負の世界じゃセオリーだぜ?」
「俺はまだ中学生なんだぜ! 年下をイジめてそんなに楽しいのかっ!?」
「お前がもう少し口の利き方に気を付けたなら多少は手加減してやっても良かったんだけどな。年上を呼び捨てにする奴に手加減する腕はないね」
「ははっ……。僕はノーコメント!」
「おい ジュン! くそナマイキチューボーやろうと じゅんじょうちゅうがくせいと どっちがすきだ?」
「きくまでも なかろうよ!」
からかいついでに潤に話題を振ってみたが、どうやら潤も俺と同じ考えのようだ。ちなみに、くそナマイキ中坊野郎は朋也のことで、純情中学生とは渚ちゃんのことだ。二人を比べてどちらが好感が持てると訊ねられたら、渚ちゃんのほうが好感が持てると応えるのが通常の人間の思考だろう。
「ひっく……なんだよ、みんなして俺のことイジめて……だから来るのヤだったんだよ!!」
誰も彼もが朋也の擁護に回らなかったので、とうとう朋也は泣き出してしまった。
「ともちゃん!」
それを見かねた名雪が泣き続ける朋也に近付き、軽く抱きしめたのだった。
「ぐすっ、なゆねえ、なゆねえ……」
「ゴメンね、ともちゃん。お姉ちゃんがこんなイジワルなお兄さんたちのところに連れて来て。祐一! ともちゃんをイジめちゃダメでしょ! ともちゃんはまだ中学生なんだよ」
「中学生って言われても、やっていいことと悪いことが……」
「祐一!」
「わ、分かったよ。俺が悪かったですよ。次からはちゃんと中学生として扱ってやりますよ」
名雪に気圧され、俺は釈然としないまま謝罪の言葉を投げかけた。
「さ、帰ろ、ともちゃん」
名雪は泣きやまない朋也をなだめながら、部屋を後にしたのだった。
「さてと、どうでもいい四人目はサッサと倒したことだし、次からが本番だぜ! 食らえ潤! F02デカンツだ!!」
朋也が退場した次のターン、攻撃の番が回って来た俺は、まず潤を攻撃した。潤は今回の大会の優勝商品であるアニメージュの購買者。ここで俺が頼んだ本をそのまま潤に持ってかれるのはいい気分じゃない。達矢は能力的にみても後回しでも大丈夫だろうし。
ちなみに、F02デカンツとは、BB2ダブルで15種に増えた魔法の一つで、使用した場合相手に大ダメージを与えることができる魔法だ。時には思ったほどダメージが与えられないこともあるが、今回は潤のHPを2万以上減らすことができた。
「クッ、やるな祐一。タツヤ! オレのカタキを討ってくれ、オレはまだ倒れちゃいないけど」
「分かったよ、ジュン。そういうわけで祐一には悪いけど、ここはジュンの友情に応えて祐一を攻撃するよ!」
達矢は潤に加勢する形で俺に攻撃を仕掛けてきた。しかし、達矢はもともとSTが低いこともあり、俺のHPを5千程度減らすに至っただけだった。
「いくぜ、祐一! ゴッドフィールド・ダァァァァァッシュ!!」
潤は迷うことなく俺を攻撃してきた。潤の攻撃はさすがに厳しく、達矢の攻撃と合わせて俺のHPは3万前後まで減らされてしまった。
「潤! これで終わりだ!!」
次ターン、俺は潤にトドメを刺す勢いで攻撃した。俺の願いが通じてか攻撃は会心の一撃で、見事潤を退場に追い込むことができた。
「無念、オレはここまでか。タツヤ、今度こそ本当にオレの仇を討ってくれ!」
「そう言われても、もう相手は祐一しかいないけどね」
「最後は達矢か。HPは俺の方が低いけど、STを考慮すれば俺の勝利は決まったも同然だな」
「それはどうかな? 確かにSTは僕の方が低いけど、何も勝負はSTだけじゃ決まらないよ。F13スカピー!」
「何っ、スカピーだと!?」
F13スカピー、それはBB2ダブルから新しく追加された魔法使い専用の術で、相手を眠らせることができる魔法だ。魔法は数ターン後には解除されるとはいえ、その間俺は木偶の棒となり攻撃を受け続けるしかない。真っ向勝負では勝ち目がないと思い俺を眠らせにくるとは、なかなかの策士だな。
その後俺は達矢の攻撃を受け続け、3ターン後に目覚めることができた。その時点でのHPは1万3千弱。ここから頑張って盛り返そうと思ったが、HPが4万以上ある達矢との差を埋めることは叶わず、俺は敗北してしまった。
「そういうわけで、アニメージュは僕がもらってくけど、いいよね?」
「ああ、勝ったのはお前だし、大人しく持っていってくれ」
達矢に負けたのは正直悔しいが、終始下手な達矢に負けても怒りはこみ上げてこない。まったく、朋也もこれくらい下手なら多少手加減してやっても良かったのにな。
「ありがとう祐一。じゃあ今日はこれで」
「今日はなかなか楽しかったぜ。じゃあな祐一」
「ああ。お二人さんとも、また今度な」
こうしてバーコードバトルは達矢の勝利に終わり、達矢と潤は仲良く水瀬家を後にしたのだった。 |
「祐一〜〜、いっしょに遊ぼ〜〜」
夕食後、飯時になってようやく目覚めた真琴は、もう8時を回ったというのにまだ日が照っている時の元気さを残し、俺に声をかけてきた。
「悪いな。俺はこれから明日から始まる学校の準備をしなくちゃならないから、お前と遊んでいる暇はない」
こちらの方は帝都より冬休みが長く、例年ならとっくに学校に通っている時間をまったりと過ごすことができた。明日から俺が通う高校は名雪も通っている高校で、進学校であることから他の高校よりは冬休みが短いらしい。
中学校まではもう1週間ほど冬休みが長かったらしく、名雪は短くなった冬休みに不満なようだけど、ずっと短い冬休みを過ごしてきた俺には寧ろ長すぎるくらいだった。
もっとも、こちらは冬休みが長い分夏休みが帝都より短いらしいので、一長一短といったところか。
「なによー、ちょっとくらい真琴の相手をしてくれたっていいじゃない! ケチ!」
「時間がないって言ってるだろ。今日はこれ貸してやるから勘弁してくれ」
そう言い、俺は漫画本数冊を真琴に渡した。
「何これ?」
「漫画という日本の優れた文化的娯楽品だ。時間を持て余しているなら漫画でも読んで時間を潰してるんだな」
「よく分からないけど、ありがと祐一〜〜」
真琴は俺が貸した漫画を嬉しそうに抱え、部屋へと戻っていった。ちなみに俺が貸した漫画は『ドラえもん』だ。真琴が好みそうな少女漫画は持っていないし、少年漫画は肌に合わないだろう。下手に少年漫画を読ませて腐女子になられるのも困るし。
そういうわけで、俺は老若男女すべてが無難に楽しめる『ドラえもん』を貸したのだ。
「名雪〜、悪いけど目覚まし時計貸してくれないか〜」
俺は真琴に本を貸した後、今度は自分が目覚まし時計を借りるべく、名雪の部屋の前を訪れたのだった。
「うん、いいよ。ちょっと待ってってね」
名雪はドア越しに軽く承諾し、しばらくすると、大量の目覚まし時計を抱えて部屋から出てきたのだった。
「どれにする?」
「どれにするって……なんだ、その大量の目覚ましは? 目覚まし時計コレクターなんて初めて見るぞ」
「別にコレクションしているわけじゃないよ。必要だから持っているだけだよ」
必要って、そんな大量の目覚まし時計を一体何に使うというのだ。例え寝起きが悪くて目覚ましとめても二度寝すると言うのなら、2、3個もあれば十分だろうに。名雪は常人の3倍寝起きが悪いのだろうか?
「ちなみにこれがわたしのお気に入りの時計だけど?」
そう言い、名雪は少し大きめの時計を俺に渡した。
「別にどれでもいいし、名雪のお気に入りのにするよ」
基本的に朝起きられればそれでいいのだし、デザインには特に拘らない。そう思い、俺は名雪が薦めた時計をそのまま受け取ったのだった。
「にしても、名雪。朋也の奴は何とかならないのか?」
話を変え、俺は朋也の俺に対する姿勢に関して名雪に苦言を呈し始めた。俺と朋也は初対面だというのに、あいつはいきなり俺をお前呼ばわりするわ呼び捨てにするわと、態度が悪いにも程があるぞと。
「う〜ん。ともちゃん、たしかに口が悪いところはあるけど、ふだんは年上の人を呼び捨てなんかにしたりしないんだけどな〜」
「それに幼なじみのお前をお姉ちゃんとして慕うのは分かるけど、あれはいきすぎだぞ」
そして俺は、朋也の名雪に対する依存ぶりに言及したのだった。いくら幼なじみだからといって、中学生になっても名雪の胸元で泣き続けるのは異常だと。まあ、先に慰めに入ったのは名雪だけど、中学生ともなれば、もう子供じゃないと慰める名雪の手を振り払うのが普通だろうに。
「仕方ないよ、ともちゃんにはお母さんがいないんだから」
「えっ? お母さんがいないって……」
「ともちゃんね、小さい頃お母さんを交通事故で亡くしたんだよ。それからはお父さんとずっと二人きり」
「そうか、それなら仕方ないかもな」
お母さんを小さい頃亡くしてお父さんと二人きりか。そんな家庭環境ならば母親の愛情が恋しくなるのも分かるし、多少言葉遣いが乱暴な子供に育つのも仕方ない気がする。
「わたしも小さい頃にお父さんいなくなっちゃたから……。だからね、ともちゃんの気持ちはすごく分かるんだ」
「そういえば、名雪もそうだったな」
父がいて、母がいる。それがごく当たり前の家庭だと思って俺は今まで育ってきた。けど、名雪や朋也のように、父親、あるいは母親がいない家族は世の中に少なからずある。中には親がいなくて施設で育っている子供も。
いま俺は親元を離れて親戚の家で生活している。今は近くにいなくても、いつでも会える距離に両親はいる。そんな俺はすごく恵まれているのだと、今更ながら思う。
「じゃあ名雪はお姉さんと言うよりお母さんだな」
「ともちゃんにとってはそうかもね。わたしにとってともちゃんは子供というより弟だけど」
「しかし、あの朋也を父親だとは思えないだろうな」
「う〜ん、さすがにお父さんとは思えないな〜。わたしにとってともちゃんはやっぱり弟でしかないし」
年の差と言うか、やはり名雪にとって朋也は父親の代わりにはならないようだ。しかし、朋也は母親のいない寂しさを名雪という存在で多少は補うことはできる。
じゃあ、名雪は? 朋也を父親として思えないのなら、名雪はどうやって父親のいない寂しさを補っているのだろうか? |
「ふ〜〜」
深夜、明日からの学校に備え蒲団に入った俺は、未だ寝付けずにいた。十分すぎるほどの冬休みを満喫したとはいえ、明日から見知らぬ人々に囲まれた学園生活が始まると考えると、年甲斐もなく緊張してしまう。
この冬の世界で始まる俺の新しい学園生活。担任の先生はどんな人だろう? どんなクラスメイトや生徒と巡り会い、残り1年と数ヶ月の高校生活を送るのだろう?
寝付けぬ俺はそんな思考を張り巡らせながら、冬休み最後の夜を過ごす。
「古河さんか……」
今日初めて会ったと思われる、あゆがたい焼き屋のおじさんと慕う人。パン屋でたい焼き屋というずいぶん変わった職業の人だとも思ったが、何より気になるのは俺との関係だ。
俺は古河さんのことをよく知らない。けど、古河さんは俺をよく知っているかのような素振りを見せていた。以前、あの人と俺との間に何かしらの関係があったのだろうか? 数年前の古河さんとの接点を考えつつ、俺は深い眠りへと入っていった。 |
「ええっと、たいやき屋さん、たいやき屋さんはと……」
ぼくは女の子を喜ばせたくて、たいやき屋さんを探したんだ。いままでこっちに来てたいやき食べたことないからお店がどこにあるか分からないけど、女の子を喜ばせたくてとにかくぼくはたいやき屋さんを探したんだ。
「あっ、ここかな?」
カードダスが売っている店から交差点を挟んだ向こうのほうに、おっきなたいやいの形をした看板があるお店を見つけたんだ。ぼくは車に気を付けながら横断歩道を渡ったんだ。
「えっ!? お休み……?」
けど、お店に近付いたら、お店のシャッターは閉まってたんだ。これであの女の子を喜ばせられるぞって、僕は喜びながらお店まで走ってったから、お休みだったのを知ってガックリしたんだ。
「どうしようかな……。女の子に『お店が閉まってたからたいやき買えなかった』って言おうかな?」
でも、そんなこと言ったら、女の子はますます泣き止まなくなると思ったんだ。女の子を喜ばせるにはゼッタイにたいやきを買っていかなくちゃダメだって思って、ぼくは思い切った行動に出た。
「ねえ、ねえ! お願いだからたいやき売ってちょーだい!!」
ぼくは、お店の奥のほうに行って、たいやき屋さんのお家の玄関のドアを叩きながら叫んだんだ。たいやき売ってください、たいやき売ってくださーーいって。
「はいはい、今出ますよ〜〜」
そうしたら、ぼくの声が届いたのか、たいやき屋の家の人が出てきたんだ。
「いらっしゃいませ〜〜。あらっ? かわいいお子さんね〜〜。お名前は何て言うのかな〜〜?」
お店の中から出て来た人は、とってもきれいで優しそうなお姉さんだったんだ。
「あのっ、お姉さん、ぼくの名前なんかいいから、たいやきを売ってください、お願い!」
「えっと、その、ごめんなさい。売ってあげたいのはやまやまなんだけど、今日はお店がお休みで」
「お店のシャッターが閉まってたからお休みなのは知ってるよ! でも、でも! それでもたいやきが欲しいんだ!! お願いします!」
ぼくは困った顔をしたお姉さんに叫び続けたんだ。たいやきを売って欲しいって!
「ゴチャゴチャうるせえ! 今日は休みだって言ってんだろうが、クソガキ!!」
そんな時、家の中から怒鳴り散らす声が聞こえてきたんだ。家の中から出て来たのは酔っ払ったちょっと不良っぽい感じのお兄さんで、何だか分からないけどすごく怒っていたんだ。
「ひえっ、ご、ごめんなさい……」
ぼくはお兄さんが怖くて、思わず謝ってしまったんだ。
「秋生(あきお)さん! こんな子供を怒鳴り散らしたらダメですっ! これだけたいやきが欲しいって言ってるんですから、きっとたいやきを買わなくてはならない深い理由があるんですよ」
「うるせーな! どんな事情があろうと休みは休みだ!」
「秋生さん! この子にたい焼きを焼いてあげてください!」
お姉さんはぼくの気持ちを理解してくれて、お兄さんにたい焼きを焼いてくれるよう一生懸命に頼んでくれたんだ。
「何回も言ってるだろ、早苗! 俺ぁもうたい焼きを焼かねぇって、もう一生たい焼きは焼かねぇってな!!」
「秋生さん、そんなこと言ってはダメです! たい焼きはあの人を喜ばせたいから、少しでもご恩返しをしたいからって焼き始めたんでしょ? もうたい焼きを焼かないだなんて言ったら、あの人が悲しみますよっ!」
「うるせえ、うるせえ、うるせえ! あの人はもういないんだ! もう俺の焼いたたい焼きを食べさせてあげることができねぇんだ!! 俺はよぅ、結局あの人に何もしてやれなかった能無しのクズヤローなんだよ!! こんなデクノボーの腕じゃあ、もうたい焼きなんて焼けねぇよ……」
お兄さんは今まで怒鳴り散らしてたと思ったら、今度は急に大声で泣き出したんだ。一体このお兄さんは何に怒って何に泣いているんだろう。ぼくにはぜんぜん分からなかったんだ。
「お願いですから、お願いですからたい焼きを焼いてください! 女の子が、女の子が泣いてるんです!! お母さん、お母さんって。
何でお母さんって泣いているのかぼくには分からないけど、でも女の子はお腹が空いていて、たい焼きを食べたがっているんです! たい焼きを食べれば女の子は泣き止んでくれるだろうから、喜んでくるだろうから……。
だから、どうしても、どうしてもたい焼きが欲しいんです! お願いします!!」
何でたい焼きが欲しいかちゃんと言えば、お兄さんがたい焼きを焼いてくれるかもしれないって思って、ぼくは女の子のことをしゃべったんだ。
「! 秋生さん、あの娘ですよ! あの娘がたい焼きを欲しがっているんですよ!」
「!? あの娘がっ……!!」
「秋生さん、あなたのたい焼きはまだ必要とされているんですよ。あの人が遺したあの娘に。あの娘にたい焼きを食べさせてあげるのは、あの人を喜ばせることにも繋がるんじゃないですか?」
「あの娘にたい焼きを焼いてあげればあの人が喜んでくれる……? 俺のたい焼きはまだ必要とされているってことか?」
「そうですよ。あの娘にたい焼きを焼いてあげて喜ばせることができるのは、秋生さんしかいないんですよ」
「そうか……そうだよな……。俺はあの娘にたい焼きを焼いてやることができるんだよな? あの人の恩に報いることができるんだよな!」
「はい、秋生さん」
「こーちしゃいられねぇ! 早苗、水だ、水持ってこい!! それから店開けろぉ! これから俺は超特急でたい焼きを焼かなきゃならねぇんだから!!」
「はい! 秋生さん」
お兄さんはぼくとお姉さんの願いを聞き入れてくれて、たい焼きを焼く気になってくれたんだ。それからお兄さんはすごいスピードでたい焼きを焼いてくれたんだ。
「待たせたな坊主。焼きたてホヤホヤのたい焼きだ!」
そしてお兄さんは、焼きあがったたい焼きを僕に手渡してくれたんだ。
「ありがとう、お兄さん! えっと、お金は?」
「いらねぇよ」
「えっ!?」
「あの娘に焼くたい焼きは特別なんだ。あの人の子から金は受け取れねぇよ。さっさとその女の子のところにたい焼きを持っていけボウズ! たい焼きは焼きたてが一番なんだからよ!」
「ありがとうございます!」
ぼくはお兄さんに深く頭を下げて店を後にしようとしたんだ。
「言っておくがそのたい焼きはその女の子の分だけだ。ボウズの分は入ってねぇからな。ボウズも食いたきゃボウズの分はキッチリ金を払ってもらうからな!」
「えっと、女の子の分だけで十分です。さようなら、たい焼きどうもありがとうございました!!」
これでようやく女の子にたい焼きを食べさせてあげられる、あの子を喜ばせることができる。ぼくはたい焼きを食べてあの子が喜ぶ顔が見たくて、走ってあの子のところに行ったんだ。
「元気な子ですね、あの子」
「ああ。悪りぃが早苗、これからちょっと出かけてくるわ」
「どちらへゆかれるんです?」
「倉田先生のところだ。先生の言うように経済面じゃ先生の養子になった方があの子は幸せだろうし、何より先生の嬢ちゃんのことを考えたら断れねぇよ。
でもな、やっぱり俺はまだあの娘と、あゆと一緒にいて少しでもあの人との約束を果たしたいんだ。だから頼んでくるんだよ、せめて冬休みが終わるまでは俺のところであゆを預からせてくださいって」
…第壱拾話完
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※後書き
| 改訂版第壱拾話です。大体「Kanon傳」の第七話後半部に相当する回ですが、8割は新規エピソードですね。
さて、冒頭で祐一たちが遊んだバーコードバトラーですが、実は昨年に携帯ゲームとして復活しているんですよね。バーコードバトラーはバーコードさえ読めればそんなにお金をかけなくても強くなれるゲームなので、実機で遊んだことのない若い方は、この機会に携帯ゲーム版を遊んでみることをお勧め致します。
しかし、ようやく冒頭の「冬休み編」とも言える部分の改訂作業が終わりましたね。「Kanon傳」では冬休みに当たる話が7話までで原稿用紙150枚くらいなのに、改訂版ですと10話で枚数が250くらいと、約100枚分話の量が増えていますね(笑)。これからも追加エピソードが入ることを考えますと、最終的に1000枚近くはいくだろうなと思いますね。それだけ書くまでモチベーションを維持する自信はちょっとありませんけど。 |
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